日曜日のスタジオ vol. 05 – 「ステレオ写真実験室」レポート

ActivityEvent 2023年9月30日

📷 関根ちあみ(スタッフ)

 

さっぽろ天神山アートスタジオのスタッフが持ち回りで担当するワークショップ・シリーズ、『日曜日のスタジオ』

第5回は「ステレオ写真実験室」と題して、ステレオ写真の仕組みを利用した写真撮影&立体視に挑戦しました。

 

***

 

 

第10回天神山文化祭で賑わう、9月17日(日)のさっぽろ天神山アートスタジオ。

おなじみJazz in Woodによるオープニング・ライブに酔いしれた近隣市民の皆さんが、入口近くのブースにわけもわからず迷い込んでいます。

視線の先には……

 

 

 

ステレオ写真!

 

 

ステレオ写真の作例

 

わずかに異なる視点や時点から撮影された、双子のようにそっくりな2枚1組の写真群。これらは一般的にステレオ写真と呼ばれています。ステレオ写真を交差法(クロス法)や平行法(パラレル法)などの方法で視ると、並置された2枚のイメージが重なり、被写体間の前後関係が浮かび上がって見えたり動きのある部分だけブレて見えたりします。

今回のワークショップでは、芸術家・赤瀬川原平(1937-2013)によるステレオ写真写真集『ステレオ日記 二つ目の哲学』(大和書房、1993)を参考図書として、スマホやデジカメの一眼カメラを使ったステレオ写真撮影と、交差法および平行法による立体視に挑戦しました。

 

写真共有SNSや同時代美術の実践では傍流といってよいステレオ写真ですが、赤瀬川を含め、撮影と観察に取り組んできた先人たちは存在します。

ステレオ写真の専門家としてこんにち特に知名度が高いのは、おそらくQueenのギタリストで天文学者のブライアン・メイ(1947 – )でしょうか。ステレオ写真の歴史の中でも天体写真は特に作例が多い領域で、遡るとメイ以外にも、19~20世紀に写真家助手を経て天文学者として活躍したエドワード・エマーソン・バーナード(1857 – 1923)という重要人物がいます。バーナードはヤーキス天文台(合衆国ウィスコンシン州ウィリアムズベイ)で彗星を数々のステレオ写真におさめ、さらにこれを自身の小論の挿図として使用しました。天文愛好家向け雑誌『ポピュラー・アストロノミー』に掲載されたその小論は、ステレオ写真によって演出される遠近感の科学的不正確さを指摘しつつ、それでもステレオ写真は人間が宇宙にあるがままの姿で彗星を視るための「唯一無二の方法」なのだ、という主張で締めくくられています。

 

 

立体視に挑戦する滞在アーティストの宙宙さん(右から2人目)ほか

 

ステレオ写真は実のところとくに立体視をしなくても、2枚並べてあるだけで十分楽しめます。また、立体視を行うためにはさまざまな身体上の条件が必要で(たとえば目が二つあって、各々がだいたい同じくらいの視力でなければならない、など)誰もが練習すればできるようになるというわけでもありません。ただ、バーナードが思わず小論に書き残してしまったような、ステレオ写真の「唯一無二」のリアリティを体験してもらうのもいいのでは?ということで、今回のワークショップでは気が向いた人は立体視の練習もできるようにしました。

一番多かったのは「老眼であまりなにもよく見えない」でしたが、交差法の方が得意な人もいれば、平行法のほうがすんなりコツを掴めたという人もいて、そこからさらに、人によって立体視しやすい写真とそうでない写真がわかれたり……。日本では赤瀬川の本が出版された1990年代~2000年代初頭に多数の「ステレオグラム」本が発売され、視力の保持や改善用のトレーニングとして世に広まったようで、当時立体視の練習をしたという参加者もちらほら見受けられました。

物の前後関係や空間の奥行ははっきり示されているのに、ボールも木の葉も金魚も紙のようにペラペラで、視れば視るほど視れていない気がしてくるステレオ写真。観察だけでなく、自分で撮影もしてみると、いっそう変な気持ちになります。スタッフと参加者のみなさんで、何枚か撮ってみました。

 

多くの参加者にとってはじめてのステレオ写真たち。シャッターを切るときに見えていなかったものが、並べてみるとにわかに浮かび上がってくるわくわくがたまりません。

 

写真撮影と観察はもちろん充実したひとときになりましたが、なお嬉しかったのが、日ごろ当館に通ってくださっている市民の皆さんが何名か写真ワークショップに参加してくれたことです。立体視の練習には時間がかかるので、「こんなのできないよ~」を言い訳に、ただ皆さんとだべる時間がまたとても楽しかったです。なかには「ここに来るたびに、ああ税金払っててよかった~、と思いますもん」と言ってくださる常連さんも。いつも天神山アートスタジオをご活用くださる市民の皆さんのやさしさがじーんと沁みる3時間となりました。

 

(スタッフ 五十嵐)

 


 

【参考】

赤瀬川原平『ステレオ日記 二つ目の哲学』(大和書房、1993)

Barnard, E. E., “On the Erroneous Results of a Stereoscopic Combination of Photographs of a Comet,” Popular Astronomy, 1909