2/14(土)『天神山、みたびまちにいく。』Program 1| 私の台南観察結果 Observing Tainan

Event 2026年1月8日
参加作家
松田 朕佳 / Matsuda, Chika
日時
2026年2月14日(土)
◇ 作品展示 12:00-18:00
◇ トーク 12:30-13:30
場所
札幌文化芸術交流センター 2階 SCARTSスタジオ
入場料・参加料
無料
アクセス
札幌市市民交流プラザ アクセス
https://sapporo-community-plaza.jp/access.html
主催・協力
共催:(公財)札幌市芸術文化財団 札幌文化芸術交流センター SCARTS
問い合わせ先
さっぽろ天神山アートスタジオ
TEL 011-820-2140
Eメール info@tenjinyamastudio.jp

毎年1回、SCARTSにさっぽろ天神山アートスタジオが現れ、来たる2月14日(土)は、『天神山、みたび、まちにいく。 Tenjinyama Hits the Town Again 』、1日限りのイベントを実施します。

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『天神山、みたびまちにいく。Tenjinyama Hits the Town Again』

ふたつの流れ Two Lines of Program

Program 1|私の台南観察結果 Observing Tainan

アーティスト・トーク&映像作品上映
当スタジオと台湾台南のAbsolute Space fo the ARTSとの交流により、現地でレジデンスをおこなった松田朕佳さんの映像作品の展示、『私の観察結果』と題したトークを行います。

Program 2|AIRのすべて、アーティストとスタジオの切っても切れない関係について Exploring AIR, with Artists & Studio: an Unbreakable Connection

<座談会> 札幌という大きな都市で暮らす私たちは、美術館、ギャラリーに限らず様々な場所でアーティストの作品に触れる機会に恵まれています。しかしながら、作品が生まれる場所や場面、環境についてはあまり公開されておらず、一般には謎に包まれています。(おそらく、アーティストの家族ですら知らない領域かもしれません)

当たり前のことですが、作品が生まれるためには、アーティストが必要であり、アーティストには、制作という段階や場所が必要です。私たちが人間らしく生きる糧として、創造的活動のひとつの成果である「作品」に出会うために、ひたすらによいもの、自分の好きなものを消費するだけではなく、それらを生み出すアーティストの制作過程や制作環境が必ず必要であり、その環境は私たち消費する社会によって支えられたほうがいいだろうという循環の視点に改めて気がつく必要があるかもしれません。また、「アーティスト」に限らず創造的活動そのものが、それを行う人にとって人間らしく生きる糧となりえます。ですから、アーティストに出会うことで、その制作を知ることで、私たち自身が創造的活動を自覚的に行うちいさなきっかけと出会うかもしれません。

アーティストにとって制作の「場所」とは何か。制作環境、スタジオやレジデンスが、表現や実践にどのような影響を与えるのかをめぐり、札幌のアーティストとともに意見を交えてみます。

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Program 1|私の台南観察結果 Observing Tainan


◇  松田 朕佳 プロフィール

2006年ニュージーランド Nelson Marlborough Institute of Technology 卒業 BA取得。2011年アメリカ合衆国アリゾナ大学大学院修了MFA取得。その後、国内外のレジデンスに参加しながら制作発表を続けている。また、2015-2017年には「耳のないマウス」2019-2023年には「CHIKAMIWOMORE」などアーティストユニットとしても作品を発表している。「Sherokuma Sauna & Cafe」を長野県信濃町で運営。作品は主に立体、インスタレーション、動画など。松田にとっての制作は、モノや現象の価値を転換させることで見慣れた風景や固定概念に変化を見出すため、あるいは平凡な日常の中に全く異なる世界を発見しようとする試みである。
Matsuda, Chika CV

台湾台南のアートスペース Absolute Space for the ARTS

趣のある古い街区の一角に、ギャラリー、ゲストハウス、スタジオなど複合的に展開する場所であり活動。台南を拠点に活動するアーティスト2名が設立し、現地のアートマネージャー、コーディネーターと協働しながら運営をしている。アーティスト・イン・レジデンス拠点として、宿泊・制作・展示ができる場所を有するもうひとつ別のスペースを借りている。現在は、台湾のみならずさっぽろ天神山アートスタジオを含む海外のAIR拠点との交流を進めている。昨年は、札幌からクスミエリカさんがAIRプログラムに招聘された。

◇ 展示作品(映像)『三和街の門番』

レジデンスで制作した作品の一つ「三和街の門番」について

text by 松田 朕佳

台南市三和街のレジデンスに到着したのは2025年3月31日の夜。
事前に渡されていたガイドライン通り開錠し2階の寝室までたどり着いて就寝。
この日から最終日5月29日のまで騒音に慣れることはなく熟睡した日はなかった。戦闘機、バイク、街灯が明るくて眠らないという鳥の鳴き声、料理店の野菜を刻む音。
騒音以外は快適なアトリエで読書が進んだ。街を散歩し、自転車に乗ってガジュマルの木の下でビンチョルハン(著書「The Expulsion of the Other」が今回のレジデンスのテーマに引用されている)、呉明益(ウミンイ)の「自転車泥棒」を読み、牛肉湯(ニョウロウタン)を食べ、虱目魚(サバヒ)を食べた。ココナッツウォーターを飲み、スイカジュースを飲んだ。
道教寺院の鮮やかな装飾に目を奪われ、剪黏のアトリエや紙工芸の製作者を訪れたりした。

1週間が過ぎ2週間が過ぎ3週間が過ぎた。
家の中のゴミ箱は一杯になり、ゴミ箱の外にも縛った袋が並んでいる。
リサイクルゴミと燃えるごみが分別され、山積みになっている。
分別し、ゴミ箱に入れることが私のゴミへの責任の最終地点ではなかった。
これらのゴミを建物の外まで出すことが私に課された責任であると言わんばかりに積まれたゴミの山はじっとしているどころか日々成長していく。
数日おきにデスクワークをしにやってくるスタッフもゴミを積んでは去っていく。
誰も私のためにゴミを片付けてはくれないことがわかった。
あぁ、これらのゴミをどこに持って行ったらいいのか、誰か教えてください!
答えは滞在者ガイドラインに書いてあった。
1・2・4・6の日にゴミ収集車が来る。
2と6の日、つまり火曜と土曜はリサイクルゴミ収集車も来る。
月・火・木・土曜はゴミの日
ゴミ収集車は乙女の祈りオルゴールバージョンを鳴らしながら18:07に三和街アトリエ前到着。
私の家の玄関前にきっかり3分間停車する。
18:00ゴミ袋を持った人々がこのT字路に集まってくる。
収集車が停車する前から待ち構えていた人々は車を追いかけながらゴミを投げ入れていく。
音楽があり、人々が集まり、何か祭りを彷彿させるイベントである。
台南市では、道教の神様が街を練り歩くパレードに度々遭遇する。
爆竹が鳴り、大きな神様が歩く。
楽器や電飾や仮装をした人々の長い列。
最初のうちは珍しかったが、何度も見かけるので飽きてしまった。
私は、ゴミを持っていれば参加できるゴミ捨て祭りに毎回欠かさず参加した。
トラックの後方にはコンポスト用のバケツもある。
みんなが持っているピンクのストライプの袋が私も欲しくなり、市場でピンクストライプの袋に入れてもらえるまで野菜や果物を買って、次の収集日までに準備した。
見知らぬ土地で、言語もわからないが、ただ、ゴミの捨て方がわかったので1・2・4・6日の18:07を楽しみに過ごした。
私の家にたくさんの人が集まることが嬉しかった。
シャイな子供だった私の幼少期を思い出した。
五歳まで過ごした祖父母の家の目の前の庭に、いつも子供達が集まり、たくさんの友達が遊びに来てくれるのが嬉しかった。
そこが地区の公園だったと後に気づくまで。
またしても、ゴミ収集スポットの前に住んでいる私は場所が持つ機能が求心力を生み出し、人々の行動が創り出されることに興味が湧いた。
周期性
求心力
振り付け(ゴミ袋を投げ入れるときの胴体を軸とした遠心力)
普段は人通りも少ないコーナーに週4回お祭りのような活気があふれる3分間。
1・2・4・6
月・火・木・土
これらは惑星を持つ天体である。月はそれ自体が惑星である。
周期的にやってくるゴミ収集車に引き寄せられる人々。
ゴミ袋はその穴の中へと投げ込まれ塵となる。
あたかも公転中の地球の大気圏に突入してくる流星群の如く。
私はビデオを撮り、その風景を観察した。
人々のゴミを投げ入れる際の運動・軌道を誇張するために再生の間に逆再生を挟んだ。
周期的な運動の定点観測のため、収集車が停車する前後をカットした。
すると、そこに現れたのは、ブラックホールのように口を開けたゴミ収集車と門番のように立つ係員の姿だった。
重力によって引き寄せられた人々は、手からパッとゴミを手放し去っていく。
ゴミとはその人物の生活から、生命維持から生み出されるものの余分である。
したがってゴミはその手から離れるまでは身体の、これぞれの個体の一部なのである。
逆再生によって、ヨーヨーのように身体から離れることを拒むゴミが手に戻ってくる。
振り付けされたダンスのように。
Oh, My God.
万物照応である。
ソーラーシステムとゴミ収集カレンダー。
私たちは、紛れもなくこの、ダイナミックに膨張し続ける宇宙の一部なのだ。
私たちは周期的な運動の中にいながら、周期的な運動を作り上げ、自らの軌道に乗っている。
ソーラーシステムのデザインは神の仕事であるが、ゴミ収集の周期は市によって衛生上の理由から決定されてきたものだ。
また腐敗と再生はソーラーシステムのサイクルによって決定づけられているのだ。
では、そこに立っている、あたなは誰なんだ!
なぜ、平然と立っている?
なぜ、他の人々のように軌道を持たない?
神の子、イエスか!
掟の前の門番か!
などと、周期性の中の別の周期を持つものが異様に目立ってくる。

以上が台南市三和街T字路の突き当たりで2ヶ月過ごした私の観測結果である。