[Archive]2020 Annual Report 国際公募AIR_Heejung Choi / ヒジョン・チェ
[プログラムリポート]国際公募AIR(札幌市、文化庁:なかなかたどりつかないけど)作成:坂口千秋 2021.03.25
Heejung Choi / ヒジョン・チェ
2020年春。COVID-19によって人同士が会えなくなった世界で、ヒジョン・チェは、相手へメッセージを届ける手段として紙ひこうきに目を留めた。プロポーザルでは、自分がソウルの居場所から紙ひこうきを飛ばし、その赴く先をたどることを考えた。物理的な札幌への移動が叶わない中で、コミュニケーションのメタファーとしての紙ひこうきをどのように飛ばせるか?彼女の100日間のレジデンスはその思案とともに始まったが、それは同時に、このリモートレジデンスの中で、どのように初対面同士が互いの信頼を結び深められるかという課題へのチャレンジでもあった。 普段のレジデンスなら、キッチンでのたわいもない会話やスタジオでの雑談といった、日常の一見無駄に思える時間がコミュニケーションを豊かにする。この時間をなんとか作り出そうとする天神山は、オンラインミーティングやおしゃべりを毎週オンラインプログラムとして開催したが、ヒジョンはこれにほぼ毎回参加した。次第に距離を縮めていきながら、ソウルのスタジオでの制作に他者を積極的に介在させた。それによって視野が広がり、一人で紙ひこうきを飛ばす当初のアイデアは、一方向から双方向へと変化し、2人の間を紙ひこうきが飛びかう映像作品となった。 画面左右にいる2人の女性がそれぞれ紙ひこうきを飛ばしながら近づいていく。紙ひこうきはふわっと飛んですぐポトリと落ちるが、それでも何度も繰り返すうちに、少しずつ互いの距離は縮まっていく。ソウル在住の日本人女性2人に協力を依頼し、ソウルの公園で撮影された作品は、コロナ禍でのコミュニケーションのもどかしさと愛おしさを詩情豊かに描き出している。作品は、天神山アートスタジオ内のギャラリーだけでなく、さっぽろ雪まつりが中止となり空いていた大通公園6丁目の野外ステージでも上映された。夕暮の帰宅時間、相手に届くまで紙ひこうきを飛ばし合う二人には目もくれず、雪道を足早に通り過ぎる人々。その距離がとても遠く感じられた。 この他ヒジョンは、今回のコーディネーターでアーティストの千葉麻十佳とのコラボレーションも行った。千葉が札幌のとある場所に関するヒントやルート、写真をヒジョンに送り、それを元にヒジョンがgoogle mapで場所を探すというやりとりは、最終的に、千葉が提案した「札幌で宇宙に最も近い場所」である札幌市天文台までの道をgoogleアースで辿る映像作品となり、札幌市天文台の小さなモニターで上映された。天神山から天文台まで4km弱の道のりを、あっちへこっちへ迷いつつカーソルをクリックしていく映像。その横では、宇宙に向けた大きな天体望遠鏡が、幾光年も離れたぎょしゃ座の一等星カペラの仄白い光を捉えていた。目も眩むような遠さと近さが奇跡のように同居していた。 さらにこの100日のレジデンスの最中、ヒジョンは日々の出来事を綴ったデイリードローイングを続けた。郵便局へ行く、爪を切る、ケーキを食べる、キム・ギドクの死といった私的な絵日記から、日常の些細な違和感を捉える彼女の眼差しが透けて見えた。キッチンでの立ち話、スタジオでの雑談といった日常の無駄な時間の豊かさがそこにはあり、彼女は惜しみなくそれを天神山のスタッフに共有してくれた。 身体的に移動できない不自由な時代に、どうやって人とつながるかをテーマにしたヒジョンの100日間は、距離についての考察を生み、コロナ下における人同士のつながりに、聡明ですがすがしいビジョンを提示した。日々の小さな実践と互いへの信頼によって、物理的な距離を越えて紙ひこうきは往来し、もはやヒジョンと札幌はとても近しい存在となったのだ。
<リンク集>
【アーティスト・インタビュー】動画記録 Heejung Choi/ヒジュン・チェ x 荒木 悠
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